名古屋地方裁判所 平成7年(ヨ)411号 決定 1996年2月01日
債権者
石村ひろ江
右代理人弁護士
前田義博
同
森田茂
債務者
中部交通株式会社
右代表者代表取締役
東昇
右代理人弁護士
後藤武夫
主文
一 債権者が、債務者に対して、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 債務者は、債権者に対し、平成七年一月一日以降本案判決言渡しに至るまで、毎月二五日限り、金二四万八五三二円を仮に支払え。
三 債権者のその余の申立てを却下する。
四 申立費用はこれを二分し、その一を債権者の、その余を債務者の各負担とする。
事実及び理由
第一申立ての趣旨
一 主文第一項同旨
二 債務者は、債権者に対し、平成七年一月一日以降本案判決言渡しに至るまで、毎月二五日限り、金四四万六一四九円を仮に支払え。
第二事案の概要
本件は、観光バス等による旅客運送業者である債務者会社で観光バスガイドとして勤務していた債権者が債務者から解雇されたが、その解雇は無効であると主張して、労働契約上の地位の保全と賃金の仮払を求めた事案である。
一 当事者間に争いがない事実
1 債権者・債務者間の契約
(一) 債務者は、JR東海の関連会社として、観光バス等による旅客運送等を目的とする会社である。
(二) 債権者は、昭和五八年七月から二か月間の試用期間をおいた上、同年九月一日から、債務者との間で、正式に契約期間を一年間とする「アルバイトガイド契約」を締結し(以下「本件契約」という)、観光バスガイドとして勤務していた。
2 本件契約の更新
債権者は、債務者との間で、本件契約を平成六年八月三一日まで、一〇回にわたって毎年間断なく更新し、これを継続してきた。
3 本件契約の最後の更新
債権者は、平成六年八月、債務者から、契約期間を同年九月一日から同年一二月三一日までの四か月間とする「アルバイトガイド契約」の用紙の交付を受け、同用紙に署名押印した上債務者に提出して、これに応じた(以下「最後の更新」という)。右期間満了の後、本件契約が更新されることはなかった。
4 最後の更新に係る契約期間の満了等
最後の更新に係る契約期間は平成六年一二月三一日の経過をもって満了となり、債務者の建石所長は、平成七年一月一九日債権者と面会した際、同女に対し、平成六年一二月三一日の満了後は本件契約を更新せず、それが終了した旨を告知した(以下「本件告知」という)。
二 争点
本件の争点は、<1>本件契約の労働契約性、<2>本件契約が実質上期間の定めのない労働契約として、いわゆる解雇権濫用の法理が類推適用できるか、<3>仮に本件契約が実質上期間の定めのない労働契約としても、本件契約につき合意解約が成立していないか、<4>仮に解雇権濫用の法理を類推適用できるとして、本件契約を更新しなかった債務者の行為が解雇権の濫用に当たるか、<5>地位保全と賃金仮払いの必要性の五点である。
1 争点<1>について
(一) 債権者の主張
債務者は、本件契約は、債権者がバスに乗務する場合その都度個別に締結する請負契約についての基本契約と解すべきである旨主張するが、以下のとおり、その見解は誤りであり、本件契約はあくまでも継続的な労働契約である。
(1) 請負契約とはある仕事の完成に対して対価が支払われるもので、仕事の完成の方法については問題にならない契約であるところ、債権者が従事した債務者会社におけるバスガイド乗務は、会社の観光バスに乗務して乗客に対して案内を含めた接客をするという「労務」を提供するものであり、それによって何らかの仕事を完成するという結果に着目されるものではないし、乗務のやり方についても、バスの行き先、乗車時間等のスケジュールについては当然会社の指揮命令を受けるし、服装も制服を着用し、名刺の所持も義務づけられている。
(2) 債権者らアルバイトガイドは、債務者会社での乗務以外の業務、研修、行事等に、正社員と同様に参加していたし、社会保険や労働保険にも加入していた。
(二) 債務者の主張
本件契約は、債務者が、債権者に対し、その契約期間(一年間)中に、個別の観光バス旅行について個別に発注するガイド乗務という仕事に関し、予め締結された基本契約と解すべきであり、この基本契約である本件契約を締結することにより、債権者と債務者は、一年間の契約期間中に交わされる個別の請負契約について、日当の額、経費(交通費)の負担、早朝乗務ないし連続宿泊のあること、契約金等の基本的な事項を合意しているのである。
そして、請負契約の目的となる仕事は、具体的な目的地ごとのバス旅行にバスガイドとしての仕事をするべく乗務することであり、債権者は右基本契約によって承諾する義務を負っているが、五〇〇〇円の違約金を支払ってこれを随時拒否することもできるのである。アルバイトガイドは、「アルバイトガイド契約」によって定められた勤務日に出勤し、労務を包括的に提供し、その随時の処分に委ねているものではなく、単に会社から乗務を申し込まれた場合に、五〇〇〇円の違約金の支払いを解除条件とする承諾義務を負っているにすぎない。
債権者は、債務者から個別のバス旅行について乗務するよう指示がなければ自宅で待機しておればよく、毎日出勤しなければならない義務を負うものではないが、このことも請負契約の実態を表している。
2 争点<2>について
(一) 債権者の主張
本件契約は、次のような実態に照らせば、期間の定めのない契約に転化していたというべきであり、仮にそうでないとしても、少なくとも実質的には期間の定めのない契約と解することができるから、本件にはいわゆる解雇法理が適用されるのであって、本件では、最後の更新に係る契約期間満了後に債務者がした本件告知は解雇と同視できると解すべきである。
(1) 本件契約は、昭和五八年九月一日の締結以来、期間満了により終了することなく、合計一〇回にわたって毎年更新されてきた。
(2) 更新もそれほど厳格ではなく、前年度の契約期間が経過した後に債務者から新年度の契約書用紙を交付されて行うこともあり、更新は機械的な書類の提出にすぎなかった。契約書用紙は毎回同じものが使用され、契約内容も基本的には毎回同じであった。
(3) 債務者において観光バスガイドとして勤務する者は約二〇名いるが、そのうちの一一名が本件労働契約と同様の「アルバイトガイド契約」を債務者との間で締結しており、債務者の正社員としての観光バスガイドは三名だけであり、両者の仕事の内容には差がなく、社会保険や労働保険にも同様に加入していた。
(4) 債務者との間で「アルバイトガイド契約」を締結して観光バスガイドとして勤務している者について、契約期間満了の機会に、結婚等の自己都合で辞職した者はいるが、更新の意思があった者が更新を拒否されて期間満了により退職したという者はいない。
(5) 債務者は、本件契約について、それまでのように前年と同一内容の期間一年の契約として更新するのではなく、全く新たに、期間を四か月と限定し、契約金を五万円とし、四か月経過後は新たな更新はしないことを告げた上で最後の更新をした旨主張するが、最後の更新をするに当たり、そのようなことを告げられたことはない。債権者が最後の更新に係る契約書上契約期間が何故に四か月になっているのかについて、債務者の建石所長に問い質したところ、会社の都合であるなどと曖昧に答えるのみで、これを最後に本件契約を終了させる意思があることを明確にすることはなかった。また一方、債権者は、最後の更新の当時、多忙な秋の行楽シーズンであったため、仕事をこなすことに精一杯で、考える余裕がなかったこと、四か月といえどもとにかく契約を結んでおかないと債務者会社における自己の身分が不安定になり逆に職を失う結果となってしまうのではないかという危惧を抱いたことから、その契約書用紙に署名押印して提出するに至ったものである。
(二) 債務者の主張
(1) 債務者は、債権者と本件契約の更新をするに当たっては、一年間の期間満了の都度必ず契約書を作成し、かつ、一五万円の契約金を支払うことによって新たな契約を締結することを明確に合意してきたものであって、安易かつ形式的に反復継続をしてきたものではない。したがて、仮に、本件契約が労働契約であるとしても、期間の定めのある労働契約と解すべきであり、したがって、解雇の意思表示等をまつまでもなく、平成六年一二月三一日の経過をもって本件契約は終了しているというべきである。
(2) 債務者は、本件契約について一方的に「雇止め」の意思表示をしたものではないし、また、それまでのように前年と同一内容の期間一年の契約として更新するのではなく、全く新たに、期間を四か月と限定し、契約金を五万円とし、四か月経過後は新たな更新はしないことを前提に最後の更新をしたものである。したがって、従来の期間の定めのある労働契約が反復更新されて期間の定めのない契約と実質的に異ならないものと解される余地はない。
(3) 債権者は、債務者との合意により最後の更新をし、本件契約を終了させたものであるから、会社が債権者を一方的に解雇したという事実そのものがないというべきである。
3 争点<3>について
(一) 債権者の主張
債務者の主張するような解約の合意をした事実はない。
(二) 債務者の主張
仮に、本件契約が期間の定めのない労働契約として存在していたとしても、債権者と債務者は、最後の更新により、その効力発生の日を平成六年一二月三一日とする合意解約を締結し、右期限の経過により本件契約は終了したものと解すべきである。
4 争点<4>について
(一) 債権者の主張
債務者の解雇の意思表示は、以下に述べるような事情に照らすと、何ら正当な理由がなく解雇権の濫用に当たり無効である。
(1) 債権者の勤務態度は積極的であり、得意先から直接指名を受けることもあるほど好評であり、その勤務態度には債務者の不利益となるような行動は一切なかった。
(2) 債権者は、債務者会社とガイド全員との間の団体交渉等においてガイドの勤務条件等についても積極的に発言してきたが、これらは結局会社内における円滑な労使関係形成につながり、会社の発展に寄与するものである。
(3) 債務者の代表者は、債権者が「担務指定」に不平不満を述べる旨言うが、そのような事実はなく、かえって、人手が足りなくなる秋の行楽シーズンには毎年のようにほとんど休みなく、しかも連泊の続く苛酷な勤務をこなしたり、突然の出勤要請に応じたことも度々あった。
(4) また、債権者が勤務予定をしつこく聞く旨言うが、債権者が家庭と仕事の両立を図るため自己の勤務予定を予め知る必要があるのは当然であり、債務者会社としても勤務予定を債権者に知らせることにより業務に支障が出ることもないはずである。
(5) 更に、債権者の勤務振りに関し平成六年六月と同年八月に苦情が寄せられた旨言うが、その苦情の原因となった二件のトラブルはいずれも債権者がその原因を引き起こしたものではなく、債権者はそのトラブルの事態を誠実に処理しようと努力したものである。ところが、債務者は、事実を正確に把握するための努力を怠り、まるで債権者の落ち度でトラブルが生じたかのように決めつけるものである。
(6) 債務者は、最後の更新による契約期間満了後である平成七年一月九日及び同月一五日にも、債権者に乗務を命じた。
(二) 債務者の主張
債権者の勤務態度には、以下のような常軌を逸した目に余るものがあったため、社内の協調性が著しく損なわれ、ひいては社内の秩序が乱されかねないことになったのであり、債務者が債権者とは本件契約をこれ以上続けずに終了させようと考えたことには無理からぬ理由があった。
(1) 債権者は、乗務に関する繰配に対し、くどくどと不満を述べ、繰配担当者である花木助役を困らせ、同助役の業務に支障を生じさせた。
(2) 債権者は、債務者の管理者が乗務等に関し指示や注意をする度に、必ず皮肉や嫌みを言い、時には点呼場において他の多くの従業員が見守る中で点呼助役等の管理者に食ってかかるなどの傍若無人の振る舞いに及ぶことが頻繁であった。
(3) 債権者は、緊急の乗務交代の依頼にはほとんど応じようとしなかった。
(4) そのような事情から、他の同僚ガイドや運転士の中に、債権者と一緒の仕事はできればしたくないという者が増えてきた。
(5) 債務者が、債権者に対し、平成七年一月九日及び同月一五日、乗務を依頼したことがあったが、これは「アルバイトガイド」としてではなく、債務者が正社員ガイドやアルバイトガイド等では繰配のやり繰りがつかない場合に、過去に債務者の従業員であった者やアルバイトガイドであった者らに乗務を依頼する制度である「日曜・祝日ガイド」として依頼したにすぎない。
第三争点に対する判断
一 本件疎明資料によれば、以下の事実が一応認められる。
1 債務者会社の業務内容
債務者会社は、観光バス業務(一般貸切バス業務)を主たる目的とする株式会社であり、同社には、観光バス業務に従事する要員として、運転手が、正社員三七名、嘱託六名の合計四三名、バスガイドが、正社員三名、アルバイトガイド一三名、日曜・祝日ガイド及びフリーガイド九名並びにガイドクラブからの派遣ガイド約八名の合計三三名を擁していた。これらの要員により、平成六年度でみると、年間六九八七本の観光バスの運行が行われたが、そのうち、正社員ガイドが乗務したのは六一八本、アルバイトガイドが乗務したのは二一七六本であり、その余の四一九三本は日曜・祝日ガイド、フリーガイド及び派遣ガイドが乗務したり、ガイドが乗務しない形態の運行であった。
2 アルバイトガイド契約
債務者におけるアルバイトガイドは、債務者との間で、契約期間を一年間とし、契約金として一五万円を受けた上、債務者の観光バス運行について、債務者の指示に基づきバスガイドとして乗務し、その対価として会社の定めた「賃金」の支払を受けるという内容の定型文言が記載された「アルバイトガイド契約書」に住所及び氏名を記載して押印し、これを債務者との間で取り交わして、右契約を締結し、その上で、バスガイドとしての業務に就いていた。右契約の際、契約条件の一つとして、「自己都合により勤務を拒否又は放棄したときは、理由の如何を問わず一回につき五〇〇〇円を、その月の賃金から控除する。但し、診断書を提出したときはこの限りではない」とする合意がなされていた。
3 アルバイトガイド契約の更新の実状
右2のとおり、アルバイトガイド契約はその契約期間が一年間とされていたが、自己都合で期間満了により契約関係を終了させる者がいないわけではなかったものの、大部分のアルバイトガイドは、その契約を毎年更新し、原告と同様に一〇年以上その契約関係が継続することも決して稀ではなかった。
アルバイトガイド契約の更新に当たっては、一年間の契約期間の満了前後に債務者から前記定型文言の記載された「アルバイトガイド契約書」が手渡され、これに各アルバイトガイドが自己の住所・氏名を記載し、押印した上、これを債務者に提出して行われていたが、右提出は更新前の契約期間が経過した後にされることもままあり、この場合には、新たな契約書の提出もないまま、更新後のバスガイドとしての乗務に就いていた。
4 アルバイトガイドの債務者会社における位置づけ
債務者におけるバスガイドを類別すると、正社員、アルバイトガイド、日曜・祝日ガイド及びフリーガイド並びにガイドクラブからの派遣ガイドの概ね四種類となっているが、前二者がいずれも恒常的に債務者の観光バスに乗務するのに対し、後二者はいずれも日曜・祝日や業務繁忙期等に臨時に債務者から依頼を受けて乗務するものとされていた。
前二者のうち、正社員ガイドはわずか三名であるのに対し、アルバイトガイドは一三名とその数も多く、また、前者が比較的経験年数が少ない者であるのに対し、後者は経験年数を積んだベテランで、前記1で認定したとおり、乗務本数も多い上、経験の少ない正社員ガイドの教育係も務めていた。
5 アルバイトガイドの業務内容
(一) バスガイド業務
(1) 債務者本社営業部は、顧客から受注したバス旅行につき、特定の日にち毎に、その申込者、団体名、行き先、配車場所、配車時間、車種、人員、終了時間等を「運行予定表」に項目毎に記載して、これを債務者の管理所に渡し、これを受けた債務者の管理所では、花木助役が、右「運行予定表」に基づき、運転士及びバスガイドを人選するなどして繰配の上、「乗務点呼簿」に記載し、これを乗務点呼場に掲示して、バスガイドらに乗務を指示し、バスガイドは、「乗務点呼簿」により指示された特定の観光バスの運行についてそのスケジュールに従って乗務し、乗客に対して観光案内を含めた接客を担当するものとされていた。そして、バスガイドとして乗務する際には、債務者が用意した制服を着用するとともに、債務者が作った名刺を所持し、また、債務者から指示されて、客に対する車内販売も行っていた。
なお、営業部が記載した右「運行予定表」の内容はあくまでも予定であって、それが変更されたりすることも少なくなく、また、バスガイドにも差し支えの日等があって、債務者の乗務指示に応じられないこともあるため、これらの変動要素を調整する関係上、早くとも前々日にならなければ繰配を最終的に確定することができないのが通常であった。
(2) アルバイトガイドは、正社員ガイドと違い、毎日定時出勤する義務はなかったが、前記2のとおり、債務者との間で締結した「アルバイトガイド契約」によれば、乗務指示がされた際、これを拒否すれば、「理由の如何を問わず一回につき五〇〇〇円をその月に支給する賃金から控除する」ものとされていた。
(二) その他の業務
アルバイトガイドは、バスガイド業務以外に、債務者が行っているスクールバスの車掌業務や新人の正社員ガイドの教育等の業務に従事したり、正社員と一緒に研修を受講したりすることがあった。
6 アルバイトガイドの報酬等
アルバイトガイドの報酬は、「アルバイトガイド契約書」では「債務者の定めた賃金」によるものとされ、実際には、日帰りと宿泊で金額を区別した「日当」、「宿泊手当」、「残業手当」、「早朝深夜手当」、「乗務手当」等から成り、歩合給的色彩が強い代わりに、年功序列的な賃上げは行われず、その点で正社員ガイドとは異なる扱いが採られていた。
また、アルバイトガイドの地位・報酬の安定を図るための措置として、アルバイトガイドがオフシーズン等の事情で一か月間一度も乗務できなかったときは、債務者が最低保障として一九万円を支払うものとされ、夏季及び冬季には「賞与」と称してそれぞれ臨時給が支払われ、その他、社会保険や雇用保険にも加入する扱いが採られていた。
7 本件契約の締結とその更新の状況
債権者は、昭和五八年七月から二か月間の試用期間をおいた上、同年九月一日から、債務者との間で、正式に契約期間を一年間とする本件契約を締結した後、これを平成六年八月三一日まで、一〇回にわたって毎年間断なく更新し、その間アルバイトガイドとして継続して勤務していた。ちなみに、債権者の勤務期間は正社員ガイドの勤続年数よりも長い。
二 本件契約の法的性質について
右一で認定した各事実によれば、債権者は、債務者のアルバイトガイドとして、債務者会社の指揮命令の下、その乗務指示に従って観光バスに乗務していたこと、その乗務に対する対価として、債務者から債務者が予め一般的に定めた基準に従った「賃金」と称する報酬の支払を受けていたことが明らかであるから、債権者・債務者間で締結された本件契約は労働契約であると解するのが相当であり、これがバスガイド乗務に係る個別の請負契約についての基本契約である旨の債務者の主張は採用することができない。
そして、前記一の認定事実によれば、債務者におけるアルバイトガイドは、一年間の期間を定めた契約に基づき勤務しているとはいえ、実際上は、債務者の観光バス業務を運営するについて不可欠であるはずのバスガイド業務全体の大半を担当しているため、本人が希望すれば原則的にその契約が更新され、債務者におけるバスガイドのいわば主力メンバーとして恒常的に勤務している状況にあること、アルバイトガイド契約の更新はそれほど厳格ではなく、契約書用紙及び契約内容も基本的には毎回同じものであったこと、債権者の本件契約は昭和五八年以降一〇回にわたって何の問題もなく更新が繰り返され、平成六年八月三一日までの間その契約関係が一一年間継続していたことが認められ、これらの事実を総合すると、本件契約には期間の定めが一応あるものの契約当初から当事者のいずれかから格別の意思表示がない限り当然更新されるべきことを前提としてこれを締結しており、現実に、その後一〇回にわたって、一応定められていた一年間の期間を満了する度に、毎年更新を重ねて継続されていたというのであるから、遅くとも、最後の更新がされる前の時点である平成六年八月三一日までには、債権者・債務者間には、あたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態が成立していたものと認めるのが相当である。そうである以上、本件において、仮に、いわゆる使用者の雇止め等、債務者の債権者に対する解雇と同視できるような事実が認められるならば、そこにはいわゆる解雇権濫用の法理が類推適用されて然るべきものと解される。
三 最後の更新とその後の更新拒絶について
ところで、債務者は、契約期間を四か月と定めた最後の更新を行うことにより、債権者・債務者間では本件契約の合意解約がされた旨の主張をし、他方、債権者は、最後の更新の後債務者がした本件告知は実質上解雇と同視すべきであるところ、本件告知は解雇権濫用で無効である旨主張しているので、以下、事実関係を踏まえた上、順次検討することとする。
1 事実関係
本件疎明資料によれば、以下の事実が一応認められる。
(一) 債権者は、債務者の管理部で繰配事務を担当していた花木助役に対し、しばしば電話を架けて、その繰配に関し注文を付けたり、不満を述べるなどして同助役を困惑させ、また、管理部の管理者に対し、他の社員の面前で激しく文句を言うことがあったため、花木助役らは、これを苦々しく思い、その旨上司である建石管理所長に報告していた。
(二) 平成六年六月六日、債権者が乗務していた観光バスの排気ガスが隣に駐車していた乗用車の室内に入ってこれを汚染したため、その被害者がこれに抗議し、債務者の電話番号を尋ねたのに、債権者が誠実に応対しなかったとして、後日、債務者に対し苦情が寄せられ、その処理のため、債務者は、担当者をして、右被害者の自宅まで赴かせて謝罪したことがあった。
また、同年八月二九日、債権者が乗務していた観光バスに案内人として乗車していた全日本観光の社長の指示に当該バスの運転士が従わず、不誠実な対応をしたとして、同社長から債務者に苦情が寄せられたことがあった。
(三) 右(二)の全日本観光から寄せられた苦情に関し、そのバスに同乗していたバスガイドが債権者であったため、債務者の青木部長、林部長及び中根部長の三名が債権者から事情聴取をすることになり、建石管理所長がこれに同席することになった。
またその頃、建石所長は、花木助役らから債権者についての前記(一)の報告を受けるなどして、債権者との間の本件契約を従前どおり更新させることについて疑問を抱き、本件契約の次回更新による契約期間を従前の一年間でなく四か月間に短縮しようと考え、その契約期間の欄に通常であれば、平成六年九月一日から平成七年八月三一日までの一年間と記載するところを平成六年九月一日から平成六年一二月三一日までの四か月間と記載した「アルバイトガイド契約書」を用意した上、右の事情聴取の機会にこれを渡すことにした。
(四) 平成六年八月三〇日、債務者の青木部長ら三名及び建石所長は、債権者を喫茶店に呼び、債権者から前記(二)の全日本観光から寄せられた苦情について事情を聴取しようとしたが、債権者が当該運転手をかばうことに終始して要領を得なかったため、これを担当していた青木部長ら三名は退席した。
その後、建石所長は、右(三)の契約書用紙を債権者に渡し、これを受け取った債権者は、右契約書の契約期間が四か月間と記載されていたため不審に思い、これを質したが、建石所長は、債務者会社の都合である旨述べるだけに止まった。
なお、右契約書の記載によれば、契約期間が従前と異なり四か月と記載され、それに伴って契約金の金額も一五万円でなく五万円と記載されている点が異なっている外は、従前と同じ記載内容であり、それ以上に、その期間満了後更新はしないことを明記するなどして、その期間満了をもって債権者・債務者間の本件契約を確定的に終了させる旨の合意を示すような記載はなかった。
(五) 契約期間が四か月に短縮されていることに納得がいかなかった債権者は、同年九月五日にも、電話で右短縮の理由を建石所長に問い質したが、建石所長からは債務者会社の都合である旨従前の答えを繰り返すだけで、それ以上具体的な理由については明らかにしなかったため、同僚である他のアルバイトガイドらにも問い合わせたところ、債権者のみが契約期間を四か月とする契約書を渡されていることが判明した。
右のような状況の下で、債権者は、四か月の更新期間が満了した後には、債務者はもはや債権者との本件契約の更新をしないつもりではないかとの疑いをもったが、その反面、債務者のその旨の明言もないことから、そうではないかも知れないとの一抹の期待もまだ捨てきれないでいた。
その後、債権者は、建石所長から受け取った前記契約書にどのように対応すべきかについて気にしながらも、これを提出しないまま、同年九月から一〇月にかけて従前どおり、アルバイトガイドとしての勤務を継続していたが、同年一〇月三〇日、右契約書に署名・押印して、債務者に提出した。
(六) 花木助役は、債権者に対し、最後の更新に係る契約期間が終了する直前である同年一二月二八日に、平成七年一月一日と二日の城崎温泉を目的地とする乗務を、同年一二月三〇日に、平成七年一月三日と四日の玉造温泉を目的地とする乗務を依頼した。債権者は、前者の依頼は断り、後者の依頼はいったん了解し乗務に就くこととなったものの、前日になって、風邪のためこれを断り、結局他のガイドが交代して乗務に就いた。
なお、この頃、債務者から債権者に対し、債権者・債務者間の本件契約が終了することに伴う諸手続について連絡等がされた事実はなかった。
(七) 債権者は、平成七年一月九日頃、花木助役に電話し、玉造温泉の乗務に就けなかったことを詫び、その後の乗務の予定について問い合わせたところ、花木助役は、同月一五日に予定している旨答えた。そこで、債権者は、同月一四日に翌一五日の乗務予定を確認した上、その後の乗務の予定について問い合わせたところ、花木助役は、「会社と話をしてくれ。俺ではわからん」と答えた。
(八) 翌一五日、債権者は、予定どおり乗務に就くために出勤し、その乗務を完了したが、同日出勤した際、債務者の吉沢助役から、伊藤部長が債権者に保険証の返却を求めるように言っている旨告げられた。これを聞いて、債権者は、債務者が本件契約を更新する意思がないことをはっきりと認識し、同月一七日、名古屋市の労働相談で相談した上、同月一九日、建石所長に電話を架けて面会し、債務者の債権者に対する今後の処遇について尋ねたところ、建石所長は、平成六年一二月三一日までの期間満了後は本件契約を更新せず、それが終了した旨の本件告知をした。
なお、債務者は、最後の更新に当たり、建石所長は、債権者に対し、本件契約を平成六年一二月三一日の経過をもって終了させ、以後更新をしない旨明言した旨主張し、その旨の記載のある疎明資料を提出しているが、右認定事実に照らせば、これを採用できない。
2 合意解約の有無
右1の認定事実によれば、最後の更新に当たり、債務者から債権者に対し四か月の契約期間満了後はこれを更新せず、本件契約を終了させる旨の意思を明確に通告した事実はなく、債権者において、契約期間を短縮する理由について問い質しても、曖昧で明確な答えがされなかったというのであって、債権者が期間満了すればもはや更新されないかも知れないとの疑いを持ちつつも、その旨の明言を得られないため、契約更新についての一抹の期待をまだ抱いていたと考えてもあながち不自然とはいえないこと、最後の更新に係る期間満了前後の頃において、最後の更新が合意解約の性質を有していたとすれば当然執られるべきところの、契約が終了することを前提とする毅然とした手続が取られた形跡がないこと、かえって、その頃に、債権者に対し、期間満了後に予定されている観光バスについての乗務要請が行われたこと、債務者は、最後の更新に係る期間が満了して二週間位を経過してから、債権者に対し、本件契約の終了を前提とする手続に入り、債権者の求めに応じて面会した席で、建石所長が、債権者に対し、初めて本件契約をもはや更新する意思がないことを明言する本件告知をしたことが認められ、これらの事情を総合すれば、最後の更新をするに当たり、債権者が、期間四か月経過後には本件契約を確定的に終了させてもはや更新しない旨の明確な意思をもって、債務者との間で解約を合意したとの事実は、これを認めることができないというべきである。
3 解雇権濫用の有無について
前記二で判示したとおり、債権者・債務者間には、遅くとも最後の更新がされる前までには、実質上期間の定めのない契約と同視できる状態が成立していたと認められるところ、前記1で認定した事実によれば、債務者の建石所長が債権者に対してした本件告知は、右期間の定めのない契約と同視できる継続的関係を一方的に解約する解雇と実質的に異なるところはないというべきであるから、これについてはいわゆる解雇権濫用の法理を類推適用することができるものと解するべきである。
そして、前記1の認定事実によれば、債務者が本件告知をした理由は、債務者の繰配を担当する花木助役の業務に債権者が日頃から不平不満を述べたり、管理者らに文句を言ったりすることがしばしばあったということと、平成六年六月六日の債権者の乗務の際に、後日第三者から苦情が寄せられるような対応を債権者がしたことがあったということに尽き、それ以上に、債権者の本務であるバスガイドとしての乗務を理由なく拒否したりするなどの事実は認められず、また、問題とされる右の債権者の勤務態度についてみても、上司から何度も債権者に注意するなどの措置を執ったにもかかわらず、その改善がされなかったという事実や、その不良な勤務態度が債務者会社の従業員の士気を低下させたり、社内の秩序を乱すに至ったなどの事実も窺われないのであって、そうである以上、債権者の右の勤務態度だけを理由にして債権者に対し実質上解雇と同視される本件告知を行うことは、解雇権の濫用に当たるものとして無効というべきである。したがって、債権者は、債務者との関係で、依然本件契約上の地位を有するものというべきである。
四 債権者の賃金について
債権者は、本件賃金仮払仮処分を求める金額の根拠として、平成六年一〇月から同年一二月までの三か月間の平均給与が四四万六一四九円である旨主張するが、本件疎明資料によれば、右の平均給与は債務者のような観光バス会社にとってはいわゆるトップシーズンとして、通常アルバイトガイドの賃金が最も高くなる時期に対応するものであることが認められるから、これを本件仮処分の基礎とすることは相当でない。他方、債務者代表者が自認するところによれば、同年一月から同年三月までの債権者の平均給与は二六万三九七四円であり、同じく同年四月から六月までは三五万三四七三円、同年七月から同年九月までは三五万六五九三円であるというのであるから、以上の各平均給与額を基礎に、平成六年の一年間の債権者の平均給与月額を算出すると、それが三五万五〇四七円であることは明らかである。
五 保全の必要性について
本件疎明資料によれば、債権者は、夫を亡くした後、債務者から支給されていた賃金を唯一の収入とし、これにより女手で息子を養い、かつ、住宅ローン毎月六万円の支払をしていたこと、差し当たり他からの収入は見込めない状況にあることが一応認められ、これらの事情に本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると、債権者については、その地位の保全と本件当時の平均給与月額の七〇パーセントに相当する金二四万八五三二円につき仮払の必要性を認めるのが相当である。
(裁判官 立石健二)